にされたし。

『アンティゴネ』

ソフォクレスの作品(七つ伝わっている)でも、「どんでん返し」のあるドラマチックなドラマとして完成度は、微妙に違っている。その中で最も完成されたものが『オイディプス王』と『エレクトラ』てある。

しかし、ソフォクレスの作品の中でもっとも読者の馴染みが深いのは『アンティゴネ』かもしれない。

現代の作家から見れば、『アンティゴネ』がもっとも理解しやすいらしい。小説家サマセット・モームも『要約すると』のなかで唯一取り上げているのがこの作品である。『オイディプス王』も『エレクトラ』も結末が残酷すぎる。それに対して、『アンティゴネ』では、恋愛が扱われているからであろうか。

フランスの小説家アナトール・フランスの『シルヴェストル・ボナールの罪』(写本を追いかける古典学者を主人公としたほのぼのとした作品。飼っている猫の名前がハンニバルで、犬の名前がそのの父親のハミルカルだったりする)の中で、この『アンティゴネ』を登場させている。

最後のほうで、主人公ボナールは、ジュリス(初恋相手の孫娘)とジャンヌの恋を知って、本棚からソフォクレスのなかの『アンティゴネ』の恋の歌を読む。

このくだりは非常に印象深く、『アンティゴネ』を読むきっかけとしては充分である。伊吹武彦氏の名訳から引用してみよう。

私は一番手近の棚の上から、手当たり次第に一冊の本を抜き出して開き、うやうやしくソフォクレス悲劇の真っ只中にはいって行った。段々年をとるにつれて、私は両古代に愛着を感じるようになり、今ではギリシャとイタリアの詩人たちが本の都でもすぐ手近なところに置かれている。私は激しい芝居のただ中に美しい朗詠調を繰りひろげる優麗かがやくばかりのあのコーラス、老いたるテーベ人らのコーラスを読んだ。《Ερωσ ανικατε・・・無敵なる愛のちからよ、おおなんじ、富める館(やかた)をおそい、乙女の柔らかき頬にいこい、海越えて牛小屋を訪れ来る者よ、不死なる神々も露のいのちの人の子も、なんじを逃れんすべあらず。なんじを胸にいだく者はすなわち狂う》。美しいこの歌を今再び読み終わったとき、アンチゴーネの面影が移ろうことのない清らかさをもって現われ出た。真澄の空を駆けった神々、女神たちよ、それは何たる美しいすがたであろう。アンチゴーネに導かれて久しく放浪をつづけた盲目の翁、乞食(こつじき)王は、今や聖なる墳墓を得ることができた。そして、人間の心にえがき得た限りの美しい絵姿とも娟(けん)を競(きそ)うその娘は、暴王にそむいて恭しく兄を葬る。娘は暴王の子を愛し、暴王の子は娘を愛している。娘が信仰ゆえに刑に処せられ、仕置きの庭におもむくとき、老人たちは歌うのである。

《無敵なる愛のちからよ、おおなんじ、富める館をおそい、乙女の柔らかき頬にいこう者よ・・・》(岩波文庫244頁以下)興味を持った人はここをクリックしてみよう。あらすじは次のようなものである。

この悲劇はテーバイに敵対行為を働いたアンティゴネの兄ポリュネイケスの遺体の埋葬の禁じる布告をめぐって繰り広げられる。

王家の一族として王宮に暮らすアンティゴネはこの布告のことを聞きつけて、妹のイスメネを王宮の外に呼び出して、自分はこの布告に反して一人でも兄の埋葬をする決意であることを密かに伝える。ここ

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