キケロ作『カエキナ弁護』
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この裁判で問題となる二つの差し止め命令の原文はこちら

キケロ『カエキナ弁護』(前69年)

第一章

1 もし人けのない場所や田舎では大胆さが効果があるのと同じように、この広場の裁判の場では恥知らずな振舞いに効果があるなら、セクストゥス・アエブティウス氏の暴力行使の大胆さに勝ちを譲ったアウルス・カエキナ氏は、この裁判でもアエブティウス氏の恥知らずな振舞いに対して勝ち目がないことでしょう。しかし、カエキナ氏は、法の裁きを受けるべきことを暴力で争わないのが思慮ある人間のすることであり、暴力で争いたくなかった相手に法の裁きで勝利をおさめるのが堅実な人間のすることだと考えました。

2 私が見るところでは、アエブティウス氏は実に大胆に人を集めて武装させたように、裁判では恥知らずにやっているようです。そもそも彼が法廷に来たことが恥知らずなことですが(というのは、こんな明々白々な事で争うこと自体恥知らずな事なのに、それでも争うのは悪人の常套手段だからです)、それだけでなく自分が告発されている罪を躊躇なく認めたからです。アエブティウス氏は、形式的な暴力(#)の行使によっては土地の占有権を守れないと考えて、法と慣習に反した暴力を行使したのですが、それに驚いたカエキナ氏が友人共々逃げ出したことに味をしめたのでしょう。それで、今またこの裁判でも万人の慣習と制度に従う弁護では我々に勝てなくても、慣習を逸脱して恥知らずに振る舞えば自分の方が有利になると考えたのでしょうか。しかし、裁判での恥知らずな振舞いは暴力の大胆さと同じ効力をもつことはないのです。我々は法廷での彼の恥知らずな振舞いに容易に対抗できるからこそ、彼の暴力の大胆さに喜んで譲歩したのです。

#訴訟事実が存在することを確認するために、原告被告の立ち会いのもとで、模擬的暴力によって所有者を土地から追い出す芝居をするのが慣例だった。

3 民事審判委員のみなさん、そういうわけで、私が最初に考えていたのとはまったく違う方法でこの裁判に当たることになりました。以前はこの訴訟は私の弁護とこちら側の証言で勝てると思っていましたが、いまでは相手方の自白と証言の力で勝てそうなのです。以前の私は彼らがもし悪党なら嘘を言うのではないか、また善人と思われたら、相手側の証言が信用されてしまうのではないかと心配していましたが、今ではこの心配はなくなりました。もし彼らが善人なら、彼らの証言はこちらに有利になります。なぜなら、こちらが宣誓せずに告発した内容を彼らは宣誓した上で証言するのですから。また、彼らが嘘つきだったとしても、私は困りません。なぜなら、彼らの自白が信用されるのなら、それはまさに我々の思う壺ですし、信用されなければ、彼らの証人の信用も損なわれるからです。

第二章

4 ところで、


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