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6] ですから、私たちの人生に安心をもたらし、死の恐怖を取り去ってくれる他ならぬあなたの助けを、私たちは必要としているのです。それにも関わらず、哲学は人類への功績にふさわしい賞賛を与えられることはありません。それどころか、哲学は殆どの人から無視されるだけでなく、多くの人から悪口を言われているのです。自分の親の悪口を言うのは親殺しに匹敵する悪業です。自分の親の言うことは、たとえ理解できなくとも敬ってしかるべきです。それを非難するのは、人の道に反した恩知らずのすることなのです。ところが、私の考えでは、この思い違いと迷妄が無学な人たちの心を覆っているのです。なぜなら、彼らは遥かな昔を顧みることが出来ないので、初めて人類に文明をもたらしたのが哲学者たちだったとは思ってもみないからです。

三 [7] このように哲学の実体は極めて古くから存在することを私たちは知っていますが、それにも関わらず、その名称はごく最近に生まれたことを認めねばなりません。というのは、人間の英知がその名前とともに古くから存在することは誰もが認めることだからです。それは神の次元の事と人間の次元の事に対する知識のことであり、あらゆる現象の原因を知っていることです。それ故に、古代の人々はこの知識に英知という素晴らしい名前を授けたのです。こうして、ギリシャ人から「ソフォイ」と呼ばれるあの有名な七人は、私たちによって賢者と認められただけでなく、そう呼ばれてきたのです。さらに何世代も前に遡ると、リュクルゴス(彼と同時代にホメロスも生きていたと伝えられています。それはローマ建国以前のことです)も、さらに英雄時代にまで遡ればオデュッセウスとネストールも賢者と認められて、そう呼ばれていたのです。

[8] アトラスが空を支えている話、プロメテウスがコーカサス山に鎖でつながれた話、ケフェウス(=エジプト王)が妻(カシオペア)と義理の息子(ペルセウス)と娘(アンドロメダ)とともに星になった話が伝えられていますが、それは彼らが天上の出来事について知っていたお陰で、その名前が神話の中に紛れ込んだからなのです。そして、彼らを先例として自然現象の観察に熱意を注ぐ人たちが次々と現れましたが、彼らは全て賢者と認められて、その名で呼ばれたのです。賢者という名前はピタゴラスの時代まで使われていました。プラトンの弟子で第一級の学者だったポントスのヘラクレイデスによれば、ピタゴラスはフリウス(=ギリシャの町)に出かけて、その地の支配者であるレオンに学識あふれる講義を長々と行ったと言われています。ピタゴラスの才能あふれる話しぶりに驚いたレオンは彼に「君の一番得意な技術は何かね」と尋ねました。するとピタゴラスは「私は技術のことは何も知りません。私は哲学者なのです」と言ったのです。レオンはその新しい名称に驚いて、哲学者とはどういう人なのか、哲学者と哲学者以外ではどこが違うのか尋ねました。

[9] それに答えてピタゴラスは次のように言ったのです。「私は人間世界は祭に似ていると思っています。というのは、祭にはギリシャ全土から大勢の人が集まって壮大な競技会が開かれますが、そこには身体を鍛えて栄光ある冠と名声を求めてやって来る人たちだけでなく、商売で一儲けしようとやって来る人たちもいます。その一方で、名声も利益も求めず、ただ見物するためだけに来る人たちがいます。彼らは生まれの良い自由な身分の人たちで、何がどのように行われているかを熱心に観察するのです。このように人々が別の


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