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15] 乙 君がそのようなやり方で議論するのは構わないが、君が私に議論の仕方を指図するのはどうかと思う。それはともかく、これまでの私たちの四日間の議論には何か成果があったかどうか聞きたいね。

甲 もちろん成果はありますよ。それもかなりの成果があります。

乙 しかし、もしそうならこの問題はもうとっくに終わっていて、ほとんど結論が出ていることになるよ。

甲 どうしてそうなるのですか。

乙 なぜなら、理性を失い、無分別な感情に突き動かされて、心が高ぶって混乱と動揺に陥った人は、幸福な人生は送れないからだよ。

例えば、死は常に間近にあるし、痛みはいつやって来るかも分からないのに、死を恐れ痛みを恐れる人が幸福になれるわけがない。

さらにその人が、誰にでもある貧困と恥辱と悪評を恐れ、病気と失明を恐れ、さらには奴隷になること(これは個人だけでなく大きな国にもしばしば起きることだ)を恐れているとしたら、どうだろう。こんな恐怖を抱えていて幸福になれる人がいるだろうか。

[16] さらに、その人がこうした未来の不幸に対する恐怖だけでなく、現にその不幸に遭って耐えている人はどうだろうか。その上に、追放、服喪、子供の死に出会うとしたらどうだろう。一体全体、こういう不幸に遭って悲しみに打ちのめされている人以上に不幸な人がいるだろうか。

さらに、次のような人はどうだろう。欲望の炎に燃えて、狂ったようにあらゆるものを激しく追い求め、満たされぬ欲望を抱えて、至る所で溢れるほどの快楽の盃を飲み干しながら、ますます激しい渇きに悩まされる。こういう人を最も不幸な人と言うのではないだろうか。

さらには、つまらぬことに気分を高ぶらせ、空虚な喜びにはしゃぎまわり、何も考えずに欣喜雀躍している人は、自分では幸福だと思っている分、それだけいっそう不幸ではないだろうか。

そして、こういう人たちが不幸な人たちだとすると、逆にどんな恐怖にも怯えず、どんな悲しみに溺れることもなく、どんな欲望にも駆り立てられず、どんな虚しい喜びにも有頂天にならず、物憂い快楽に陶酔することもない人たちは幸福な人たちだということになる。

例えば、海の穏やかさは、どんな微風にも波立たない状態だと言えるなら、心の平穏な状態は、心を動揺させるどんな感情も存在しない状態だと言っていい。

[17] だから、もしも運命の気紛れにも人生の生老病死にも平然として、恐怖も不安も抱くことのない人がいて、もしその人が無欲で、虚しい喜びに己を失うことのないなら、その人は幸福な人であると言っていいのではないだろうか。

そして、もしもこれら全てが徳のなせる技だとするなら、幸福に生きるためには徳だけで充分だと言っていいのではないだろうか。

七 甲 そうですね。恐れも悩みもなく無欲で度を越した喜びに我を忘れることのない人が幸福であることは否定できません。それはあなたの言うとおりです。また、次の点も解決済みです。賢者はどんな感情にも襲われることがないのは以前の議論で証明されていますから。

[18] 乙 したがって、この件はもう片が付いていることになる。つまり、この問題は結論が出ていると思うね。

甲 大体はそうですね。

乙 しかしながら、そのやり方は数学者のやり方であって、哲学者のやり方ではない。というのは、例えば幾何学者が何かを証明しようとする時には、それと関わること


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